新1万円札の顔の渋沢栄一が、大河ドラマ「晴天を衝け」の主人公になる!

2019年4月に新紙幣の発表があり、深谷市出身の渋沢栄一新1万円札のデザインになりました。その影響もあってか、9月9日にNHKから発表があり、2021年の大河ドラマ「晴天を衝け」渋沢栄一の生涯を描くことになりました。

幕末から明治の激動の時代を生きた実業家の渋沢栄一を大河ドラマ・新1万円札・出身の深谷市から紹介します。

渋沢栄一の生涯を2021年NHK大河ドラマで

9月9日に、2021年のNHK大河ドラマ 第60回「晴天を衝け」で、実業家・渋沢栄一の生涯を描くと発表がありました。

主演は「なつぞら」の出演の吉沢亮

渋沢栄一を演じるのは、吉沢亮です。朝ドラ「なつぞら」でなつの幼馴染みの天陽君を演じたかたです。天陽君は36歳の若さで亡くなってしまい、「天陽ロス」になった方が多かったようです。

仮面ライダーや映画「キングダム」にも出演してましたね。

さわやかでまだ若い吉沢亮さんに、渋沢栄一を演じられるのか?心配な面もありますが、大丈夫です!

1万円札の渋沢栄一は晩年の顔です。たくさんのことにチャレンジしてきた渋沢栄一の青年時代は、吉沢亮と同じくフレッシュで輝いていたでしょう。

そして、青年から、中高年を吉沢亮がどのように演じるのか、今から楽しみです。

脚本は大森美香

脚本は、大森美香です。大森美香は、15年後期の連続テレビ小説「あさが来た」の脚本でも知られています。

「幕末ドラマを今までにない目線で描きたい!」とやる気充分です。幕末の時代より、戦国時代のほうが好き!という方が多くいますが、大森美香が幕末をどう描くか、期待します。

制作統括は菓子浩チーフプロデューサー

渋沢栄一が偉業を成し遂げた裏には、順風満帆ではないことがたくさんありました。やることなすこと裏目にでてしまいますが、それを踏みとどまり成果を出していったのです。

菓子浩チーフプロデューサーのメッセージです。

「青春」というキーワードでみずみずしく描きたいと考えています。脚本の大森さんは、上質なエンターテインメントを作り上げる名手。そして、主演の吉沢さんは、硬軟自在な演技で魅せる実力派。骨太な人間ドラマが生まれると確信しています。

2021年、エネルギッシュでチャーミングな渋沢栄一と一緒に、激動の幕末・明治を旅しましょう!

「青天を衝け」どうぞご期待ください!
(@NHK_PRより)

「青天を衝け」のタイトルについて

「青天を衝け」のタイトルは、若き渋沢栄一が商売のために信州へ旅したとき、険しい峡谷で読んだ漢詩「衝青天攘臂躋 気穿白雲唾手征」の一節から取られた。

青空を突き刺す勢いでひじをまくって登り、白雲を突き抜ける気力で手に唾して進む」という意味で、逆境に負けることなく突き進んだ渋沢栄一の人生と重ねられている。(@NHK_PRより)

新1万円札の顔になる渋沢栄一

・4月に発表された新1万円札のデザイン渋沢栄一の肖像画です。福沢諭吉から渋沢栄一になります。

・発行は5年後の2024年・令和5年です。

・偽造防止には最新の技術が使用されます。ホログラムが、3Dに進化し縦に大きく使われる予定です。3Dのホログラムが銀行券へ導入されるのは世界初です。

新5千円札は樋口一葉から、「津田塾大学の創設者」津田梅子です。

新千円札は野口英世から、「日本の細菌学の父」北里柴三郎です。

新500円玉は2021年上期を目標に発行されます。最新の偽造防止技術として、二色三層構造への変更や、ギザギザの一部を変更する予定です。

渋沢栄一は深谷市出身!

深谷市出身の渋沢栄一は、1,840年(天保11年)農家の家に誕生。

畑作、藍玉の製造・販売、養蚕のほか、雑貨屋・質屋業も兼ねて裕福な家庭でした。

深谷駅はどこかに似ている!

apaneroさんによる写真ACからの写真

JR高崎線の深谷駅です。「あれっ!?」と思った方がいるでしょう。そう、東京駅にそっくりなのです。1996年(平成8年)に改装されたレンガ造りの駅舎は、とても立派です。

大正時代に東京駅建築の際に、深谷市にある日本煉瓦製造株式会社のレンガを利用したことにちなんで建てられました。しかし、深谷の駅舎はレンガではなく、実はレンガ風のタイルを貼っており、レンガ造りをイメージした外観ということです。

・北口の階段下には、実業家渋沢栄一の没後80周年を記念して、平成24年に造られた渋沢栄一からくり時計があります。

夜には駅舎がライトアップされます。また、例年クリスマスシーズンには、駅北口前にイルミネーションが飾られます。最近はイルミネーションを見に来る観光客が増えています。からくり時計のし掛けは、毎時00分に見ることができます。00分丁度に見に行くのもありですね。

渋沢家の人たち

渋沢栄一の両親は、市郎右衛門(元助)とえいです。
父・市郎右衛門は親戚の「東の家」から婿入し、勤勉律儀さで養蚕・藍玉づくりと販売により財産を残した。
母・えいは愛情にあふれた温和な人柄で知られていた。

渋沢栄一は、いとこの千代と結婚をした。千代は多忙な夫の留守をしっかりと守った。千代の兄尾高惇忠は栄一の人生に大きな影響を与え、栄一は多くの学問を教えてもらった。

渋沢栄一の妹・てい(貞)は、栄一に代わり夫の市郎(才三郎)とともに「中の家」を守った。
ていは明るく朗らかでユーモアがある人だった。
市郎は勤勉誠実で信望も厚かった。明治25年火災で消失した中の家を現在残る家に再建した。

渋沢栄一の生地「中の家」

渋沢一族はこの地の開拓者で、分家した一つが渋沢栄一が生まれた「中の家(なかんち)」です。現在残る主屋は、栄一の妹夫妻によって明治28年に建てられた。主屋を囲むように副屋・土蔵・正門・東門が建ち、養蚕農家屋敷であることがわかる。

「中の家」は、昭和58年から学校施設として使用され、平成12年に使用されなくなると深谷市の所有になりました。昭和26年埼玉県指定史跡に決まり、昭和58年埼玉県指定旧跡「渋沢栄一生地」に指定替えされました。

旧渋沢邸「中の家」として見学ができます。

旧渋沢亭「中の家」案内

住所 埼玉県深谷市血洗島247-1
開館時間 午前9時~午後5時
休館日 年末年始(12/29~1/3)
問合せ先 深谷市教育委員会 渋沢栄一記念館
電話 048-587-1100
アクセス 深谷駅から車で約15分
関越自動車道花園インターから車で約40分
深谷駅からくるリン北部定期便バスで約30分

※近くには「渋沢栄一記念館」「尾高惇忠生家」があります。こちらも合わせて見学すると、渋沢栄一がより身近に感じられるでしょう。

まとめ

渋沢栄一は、新1万円札のデザインで話題になり、今度はNHK大河ドラマで話題になった。ますます渋沢栄一の人生に興味が湧いてくる。

出身地である深谷市にも渋沢栄一に関するものがたくさんあり、行って見たくなる。

まずは、深谷市で渋沢栄一の歴史に触れ、後は大河ドラマ「晴天を衝け」を楽しみに待ちたいと思います。